ボイストレーナーのJUNです。
近年、J-POPのシンガーの中でも、音楽大学で声楽を勉強した方が活躍していることもあり、当スクールにもポップスに興味があるけど、声楽を学びたいといらっしゃる方がいます。
目次
声楽発声とポップス発声の違い
声楽とは、一般的にはいわゆるオペラなどのクラシックの歌唱ジャンルを指します。
オペラはイタリアが発祥ですが、日本でいうと室町時代後期に成立して江戸時代に大きく発展しました。
歌舞伎と同じくらいの歴史を持ちます。
一方でポップスはルーツを辿るといくつかの要素がありますが、アジア•アフリカ地域から大きく影響を受けています。
アメリカの独立が1776年で、アフリカからの奴隷移民の人々の中から1800年代中頃にワークソングやスピリチュアルといった、後のブルースやゴスペルにつながる音楽の芽が出始めました。それが後のジャズ、R & B、ロックの成立、ラテンなどの音楽も合流してあらゆる音楽を融合させたポップスにまでつながっていきます。
声楽は教会や劇場の音響などとも関係しているためか、美的価値観なのか、比較的に一定の声の音色でクリーンな声が求められますが、アジア•アフリカをルーツとするポップスではノイズを含んだ変化に富んだ声が使用されています。
それらの大きな流れから影響を受けた現代の日本のポップスでは、1つのフレーズの中に沢山の言葉が入り、口を忙しく動かさなくてはならない傾向にあります。(しかも比較的に高い音域で!)
これが今の私たちがポップスの歌いにくさを感じる1つの要員にもなっています。
また声楽と比較した場合に、1つのフレーズの中でアタックを入れたり、息っぽくしたりと、均一さよりもいびつさを作る事で言葉やリズムを際立たせる事が求められます。
それは発声上悪いことではないですが人によってバランスを取りにくくさせている事があります。
マイクを通した時の聴きやすさ、言葉とリズムと音程の関係から成り立つメロディが影響していると思われますが、このあたりが声楽歌唱との違いを大きくしています。
どちらが正しいかではなく、スタイルの違いです。
カストラートとミックスボイス
歌舞伎はオペラとの共通点が多い芸能ですが、歌舞伎が男性のみ舞台に上がるように、西洋でも女性が舞台に上がる事が禁じられた時代があります。
そのことから、男性が女性の音域での歌唱も求められるようになりました。
そういった高音歌手をカストラートと言います。カストラートは変声期前の男子を去勢する事で声変わりを止めて、高い声を保つという事を行っていました。
現在は人道的に問題もあり行われていませんが、カウンターテナーという声種がカストラートの音域に近いと言えます。
実際は去勢によって、変声を食い止める事がどのくらい成功したか定かではなく、失敗に終わっている例も多いと言われています。
そして実際のところは変声を食い止める事より、ミックスボイスの獲得によって歌唱で使用できる音域を広げていたのではないかと考えられています。
時代と共に変わったオペラ発声
私たちがポップス歌唱で耳にするミックスボイス…と一言でいっても様々ですが、例えば平井堅さんのような声で歌ったとして、オペラが成立するか。
私たちがポップスの発声を習うとき、現在主流のボイトレメソッドのルーツをたどるとカストラートの時代にたどり着きます。
ひょっとすると平井堅さんのような音色を出す人がいた可能性も?と思えなくもないのです。
カストラートの時代は、プロとしてデビューするまでに長い時間をかけて徹底したトレーニングが行われていたといいます。
ミックスボイスの習得にもかなりの時間をかけていたと考えられています。
カストラートの最大の特徴として、アドリブ的な超絶技巧で客を魅了していたとされています。
広い音域で音階を早く歌ったりしていたのだと思います。
それを可能としたのもミックスボイスと関係があると考えて良いと思います。
この時代のメソッドを知る手がかりとして、現在私たちが手に入る書物としては、フースラー、リード、チェザリー、などといった声楽教師たちが書き残したものがあります。
オペラの初期では、オーケストラの規模も小さく、必ずしも大きな声量を必要としていなかったと考えられます。
また歌手の訓練にも時間をかけていたためミックスボイスを基礎とした繊細かつ多彩な表現をしていたと思います。
しかし時代が進むにつれて、オーケストラの規模も大きくなり、特に19世紀以降はよりスケールが大きくドラマティックな声を求められるようになったため、それまでの声の繊細さより、声の大きさが求められるようになっていきました。
私たちがオペラ歌手の声と言われて想像する声は、19世紀以降の大きさを求められるようになってからの声です。
現在の声楽レッスンでミックスボイスを教われるか
19世紀以降になって、発声訓練に呼吸法や支えと言った概念が加わり、ミックスボイスボイスの習得は優先順位が下がっていきます。
私たちが声楽の先生からレッスンを受ける場合、多くは19世紀以降の発声を教わる事となります。
いわゆる腹式呼吸なんかを習います。
つまりミックスボイスからスタートする先生は僅かといえます。
私自身がミックスボイスを習得するにあたってレッスンを受けたのは声楽の先生ではなくポップスをメインで歌われているトレーナーです。
本来ボイストレーナーはジャンルに関係なく声の機能を健全にする役割があります。
しかし、声楽家といわれる方のレッスンのほとんどは、現代の声楽スタイルの中で通じる範囲を超えないため、偏りがあると言えます。
もちろん活かせる面はあると思います。(その事について書いてましたね)
ミックスボイスを習得すると豊かさを増し表現も多彩にするため、あらゆるジャンルの芸能で役立つと思いますが、習得までに時間がかかる事やどこかで伝承の誤解が生まれた事などから声楽の初歩の取り組みとしては軽視されるようになったのではないかと思います。
声楽発声の極意 ベル•カント
ミックスボイスは教われないとしても、役立つことがあります。
声楽の中でもイタリア•オペラの発声の事をベル•カント唱法と言います。
この中にミックスボイスの概念も含まれていました(過去形)。
この定義もまた、長い間議論になっていますが…
このベル•カント唱法の極意について、世界各地のオペラ上演に欠かせないオペラコーチとして20世紀に活躍したウバルド•ガルディーニは
『Cantare senza accentare 』
ベルカントはアクセント無しに歌う
という言い方で定義しています。
アクセント無し=レガートという事です。
これは、イタリア語のアクセントが強弱ではなく、長短である事と大きく関係しています。イタリア語が歌う言語と言われるのはイタリア語そのものがレガートな言語だからです。
レガート唱法
声楽発声=ベル•カント唱法と考えて良いと思いますが、この極意であるレガート(音と音を滑らかに繋いで)で歌うこと、極めるのは中々に難しいです。
レガートで歌えるという事は、声がどこかにひっかかったりせず、息は音の高さに関係なく常にどこかに寄りかかり続けるように一定しているという事です。
しかし声がどこかに留まるような停滞はなく、声は解放に向かいます。
ポップスに活かせる声楽のテクニック
ポップス歌唱で上手く言っている時は問題ないのですが、例えば発声のバランスの悪さが原因で音程が不安定になったり、声が固くなって不自由な感じになってきた時、ベル•カント的レガート唱法の練習は役立つ場合があります。
息の流れに安定感を取り戻し、しなやかでスムーズな状態になるからです。
すると音程の不安定さや声の不自由さが解消できる事が期待できます。
ベル•カント的レガート唱法に近づくプロセスの1つを具体的に挙げると、発音との関係です。
歌詞を発音するたびに顎をガクガク動かさず舌を使うようにします。
言葉が成立する範囲で口の開け方を一定にして、口の真ん中に発音を寄せ集めます。
誤解を恐れずに言うならば、発音をきちんとするより、少しぼやけても、声が常に一定に鳴っている安定感を優先します。
すると声が少し平べったい感じになります。
これはイタリア語の喋るポジションそのものです。
これだけでもある種オペラっぽくなると思います。
ベル•カント的レガート唱法はどの高さも均一な音色である事が理想で、本来なら高音に向かってエネルギーが大きくなり、低音に向かってエネルギーが小さくなりますが、低音に向かうときもエネルギーを落とさない感覚、あるいは抜けない、クラシック的にいうならばフレーズを収めず、フレーズの最後までぶっきらぼうに歌いきっていく事が安定感あるレガートになります。
このぶっきらぼう感はイタリア語のイントネーションの特徴と重なります。
声がいまいち不安定に感じる人、ぜひ一度レガート練習を試してみてください。