声の豊かさとメッサディヴォーチェ

ボイストレーナーのJUNです。

今回はボイトレの古典的なトレーニング法であるメッサディボーチェについて記事にしました。

歴史と取り組む意義、トレーニングの考え方やポイントについて述べていきます。

歴史と本来の目的

メッサディヴォーチェMessa di voceは弱音から出し始め徐々に強くしていき再び弱音に戻るという表現方法として一般的に理解されています。

また似た用語にメッツァヴォーチェMezza voce(半分の声で)というものがありますが意味は全く異なります。

本来は声楽の訓練方法、演奏技法としての意味を持ち、声のコントロールが完全な時にのみ正しく成立します。

カストラート

17−18世紀にかけて、女性が教会で歌うことを禁じられていたことから男性が女性の音域をカバーするためにカストラートと呼ばれる男性歌手が生まれました。

カストラートは声変わり前の少年時代に去勢をすることで声の高さを保ち高音を維持したとされていますが、現在は人道的な観点からもちろん廃止されており、カウンターテナーと呼ばれる女性の音域を歌う男性歌手が存在しています。

カストラートの活躍の場は教会からオペラの舞台に移り、18世紀頃にその隆盛を迎えます。

様々な文献で人々を熱狂させ心酔させる圧倒的な歌唱力であったことが伝えられています。

残されている楽譜からも高度な技術を持っていたことがうかがい知れます。

実際に去勢で高音を維持できたかは定かでなく、むしろメッサディヴォーチェの技法によって地声から裏声まで声を一つに結びつけることで広い音域と豊かな声を獲得したことにより人々を魅了したと考える方が現実的ではないかと推測できます。

メッサディヴォーチェの確立

17世紀頃のイタリア声楽教師らによってメッサディヴォーチェの訓練法は確立されました。

メッサディヴォーチェが正しくできるとき、声には柔軟性と豊かさがあり、そのうえ繊細な表現が可能なため細かで早い音の動き(コロラトゥーラ/アジリタ等)も可能になります。

時代が進むにつれ、オペラの主役がカストラートからソプラノ歌手へ移行し、次第に繊細さより激しいドラマティックさを重視する作品(ヴェリズモオペラ)が主流となり、それと同時に楽器の発達やオーケストラの規模の拡大により繊細さより圧倒的な声量を要求されたことと相まって腹式呼吸が主流になったこと…などから、メッサディヴォーチェは重視されなくなりました。

現代のオペラ歌手の中にもこの技法を正しく身につけている歌手は存在します。

その高い技術を録音等で聴くこともできます。

しかし現代ではアフリカ系アメリカ音楽をルーツとするR&Bに代表されるようなパワフルボイスと柔らかな歌い方を自在に行き来したり、フェイクやリッキングと言われるボーカルテクニックの下地として、また高音を出すためのミックスボイスを身につけるトレーニングとして取り組まれることの方が多いかもしれません。

近年、声楽の学習者がポップスのボイストレーナーに習うという現象が起きているのは、腹式呼吸や声量ばかり重視したり、感覚的に教える声楽指導者よりも正しく声楽技法を指導できるボイストレーナーがいるためだとすれば、それは少し皮肉なことです。

自由な声の獲得

メッサディヴォーチェの要となる裏声〜地声、地声〜裏声へと境目を目立たせることなく移行できるためには発声器官の柔軟な働きが要求されます。

また低音から高音まで息と共鳴と声帯の働きのバランスの良い一貫性も必要です。

それらが身についているということは、自分の持っている声が最大限に自由ということです。

それは自分本来の声であり、すなわち他の誰でもない唯一のオリジナルで魅力的な声でもあります。

その働きができてこそ地声的な質感を持った高音域の発声、いわゆるミックスボイスも正しい形で発声が可能となります。

そうなると当然ポップスであろうが、ミュージカルであろうが民謡であろうが、声楽であろうが、そのスタイルに合った声に寄せていくことが可能です。

声に余計なストレスがない(音域や声量・音色)ため、話し声も自由になることから、話すことを仕事としている人にとっても有効と言えます。

豊かな声

声の豊かさとはなんでしょうか。

ボリュームも響きもあるのに楽々と出しているなと感じる上手なシンガーがいますよね。

彼らはどうやってそんな声を出しているのか、疑問に思うことありませんか。

多くの場合、大きい声を出そうとすれば力づくで息をたくさん使い声帯そのものを激しく振動させようとします。

もちろん、息も声帯の振動も豊かな声を出す上で必要ですが、過剰だと怒鳴ったような聞き苦しいものとなります。

つまり物理的な声量の大きさと、声の豊かさは必ずしもイコールではないと言うことです。

また男性声楽家によく見られる極端に喉頭を引き下げて声量と深さを作ることは声の大きさはあってもコントロールが難しく音程も悪くなります。

そのアンバランスのまま歌い続けることが歌手寿命を短くすることは歴史上の多くの歌手が証明しています。

メッサディヴォーチェとミックスボイス

メッサディヴォーチェは声区融合のトレーニングといわれていますが、地声を裏声のように限界ギリギリまで薄く軽く出せるようにすることと同時に、裏声を地声のように力強く出せるようにすることで融合する条件が整います。その時はじめてメッサディヴォーチェは可能となります。

裏声を地声のように豊かにしていくにはファリンジルボイス、ボーチェディフィンテ、ゴラと呼ばれる鋭い声を出すトレーニングが必要で、それらには豊かな声を作る要素も含まれています。

これらのトレーニングは地声を薄く軽く働かせることが目的でもあります。

この出し方で地声と裏声は同質になり声区融合の条件が整っていきます。

つまりミックスボイスとなるわけです。

ミックスボイスをトレーニングする上でメッサディヴォーチェをトレーニングする理由がここにあります。

メッサディヴォーチェが声帯を極薄に働かせるための練習ともなるからです。

メッサディヴォーチェのトレーニングはミックスボイスのトレーニングとイコールといって差し支えないでしょう。

シンガーズフォルマント

豊かな声の歌手はシンガーズフォルマント(ソプラノの場合はフォルマント同調と呼ばれる別の条件が起こります。)と呼ばれる3000Hz付近の周波数帯域を強調した歌い方をしています。

このシンガーズフォルマントの3000Hz付近の周波数帯域は先に述べたファリンジル・ボーチェディフィンテ・ゴラを出しているときに比較的その成分が含まれていきます。

シンガーズフォルマントの特徴は明るく鋭い音を含んでいる声です。

そして抜けのいい、しかし楽な出し方と言えます。

これらを出すトレーニングは結果的にメッサディヴォーチェを可能とし豊かな声の条件を整えることにもなります。

メッサディヴォーチェが出来ることは発声の基礎ができていることでもあり、発声の基礎が整っているとメッサディヴォーチェが可能となります。

表裏一体です。

そのため発声技術の指標となります。

取り組み方のコツ

男女ともにC4からF4までの音域で取り組むことが基本です。

地声と裏声をそれぞれ分けて出せることが融合の前提条件となります。

一見融合しているように聴こえる声でも、分けて出すことができなかったり、裏声なのに力んだり、純粋な裏声で地声の音域まで降りることができない場合、地声が力強く出せない場合などは混合している可能性があり、その場合はまずそれぞれを独立して出せるようにすることからはじめます。

独立して出せる場合は、地声が限りなく細く出せるように練習していきます。はじめは単音である程度しっかりした声を出し、伸ばしながら段々と極限まで力まず小さく出せるように練習していきます。

また裏声も地声のように力強く出せるようにしていきます。

地声と裏声それぞれの質感が同じような出し方が出来るようになった段階でようやくメッサディヴォーチェの練習となります。

もちろん、それぞれの独立した練習と並行して取り組んでも良いと思います。

はじめは裏声〜地声〜裏声と単音で伸ばす中で行き来する事に慣れる事からはじめます。

多くの方がはじめは境い目がぎこちないと思います。

地声が加わるときに高さが変わったり、舌の位置や喉頭の位置を極端に操作することでつなげることのないようにします。

裏声から地声が加わる境目の部分に差し掛かるときは時間をかけ丁寧に扱う意識が大切です。

次第に慣れてきたら裏声をある程度膨らました延長で地声を入れていくということを大切にします。

発展途中でも練習効果はすごい

完成には数年単位の時間を要する可能性がありますが、発展途上であっても、声帯の厚さが柔軟になることで高音が出しやすくなったり、強弱のコントロールがしやすくなるため、ニュアンスが多彩に出来るようになったり、声に変化が生まれます。

実際の歌唱の中では地声と裏声の行き来がしやすくなって来るため、ミドルからヘッドにかけての音域では同じ音の高さでも地声よりのパワフルミックスと柔らかな裏声を表現によって自由に選択することも可能になってきます。

おわりに

こここまでメッサディヴォーチェについて書いてきましたがいかがでしたでしょうか。

このテクニックは単に強弱が自在になるだけでなく、歌唱に必要なあらゆる基礎が含まれていることがお分かりいただけたと思います。

また、自身に不足している要素、苦手なことを克服していくと、メッサディヴォーチェが出来るようになっていくという発声の指標としてであったり、日頃の調子を確認するツールであったりと、それぞれの声の発達段階に応じた形で活用することができるため定期的に取り組んでいくことをおすすめします。

そして取り組んでいく中でどうしてもわからなくなったらレッスンにお越しください。

全力でお手伝い致します!

ボイストレーナー JUN

声に何度も泣かされた過去を持ち
生徒と心から歌う喜びを共有する日々

大手の音楽教室で講師経験後に独立。
入会率と継続率の高い優秀講師としてレッスン手法をセミナーで紹介される。
中学・高校の音楽科教員の経験からレッスンのわかりやすさというところでの評価を受けている。
これまでに、現役シンガー、ボイストレーナー、音大生(音大入試)、オーディション対策など、数多くの人数を指導。また企業からの依頼を受けアーティスト育成も行っている。

レッスンしてきたことのあるジャンル:
J-POP・洋楽・PopRock・ミュージカル・
Classic・民謡(発声指導のみ)

東京都言語聴覚士会準会員・中学高等学校音楽科一種免許保有
修了講義:”Belting &Effect” ”Motor Lerning Theory in Vocaltraning” “Classical Singing” “Collaborative work with Vocal coach and SLP”

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